開催報告参加者インタビュー3

数字ではなくお客を見ることの大切さを知った
人々の生活を守る隠れたヒーロー

食品スーパー 近藤克佳さん

この控え目な微笑みが、真面目で無口な近藤さんのベストショット。スキー教室に通っていた経験もあり、意外にアクティブな一面も。

近藤克佳さん

中部のとある食品スーパーでドライ食品の担当を務める近藤克佳さん(54歳)は、とにかく真面目で控え目。本稿制作にあたってのインタビューでも、「わたしのようなただの担当職に取材など……」と謙遜する。
第86回商業界ゼミナールでは、運営委員長を務めた株式会社MHホールディングス原田政照社長に「感心な受講生がいる。ぜひ閉講式でスピーチを」と抜擢されるほど熱心な態度でゼミの受講に臨んでいる。
人の目に留まるほど頑張っていらっしゃるのだからもっと堂々とされては、と言うと「いえ、そんな」と少しはにかんだ笑顔を見せてくれた。

近藤さんは、愛知県みよし市で建築業を営む両親のもとに生まれた。大人しく無口な性格は子供時代からだそうだが、中学生の頃に2週間ほどアメリカに滞在した経験がある。
留学斡旋業者が短期留学の希望者を募集しているのを見て自ら志願したというから、実は好奇心とフットワークの軽さがある人なのだろう。日本とはスケールが異なる大きな世界を知り、外交官になりたいという夢を持つが「勉強がちょっと大変で……(笑)」と断念した。

親の勧めで大学に入り、授業後には食品スーパーでアルバイトをする日々。そろそろ就職活動、となった頃に「当時のチーフは『商談に行ってくるわ!』と多いときは1日に3回も売り場を抜けるような人で、なんだか楽そうだな~という甘い考えもあって」食品スーパーへの就職を決めたという。多くの学生がそうであるように、近藤さんのこの当初の思い込みは入社後すぐに打ち砕かれる。「仕事を舐めていた、と思いました。全然思ったようにできなかったですね」

挫折を味わい自信を失っていた近藤さんに、店長が「考えてばかりいないでまず行動しろ、積極的に動け」と声を掛けてくれたおかげで、近藤さんの働きぶりは徐々に変化を見せる。
しかし、異動して大きめの店舗の部門長を任されたところ、前の店長に教わったことだけでは通用しなくなってしまった。数字を残せなかった近藤さんは程なくして小さい店舗に異動、しかも降格人事の憂き目に遭い担当職に戻されてしまう。
「苦労しました。努力しても効果が出ず鬱になってしまったこともあります。
けれどチーフに教えを請い、技術面でのノウハウを習得していきました。一時はそれで売上げが改善されたこともあったのですが、上司が異動になると仕事のやり方自体が変わりますから、対応が遅れ、また数字は落ち込んでいきました」
そんな中、商業界が発行する「月刊食品商業」を読んでいたときに商業界ゼミナールなるものがあることを知る。悩んだが、このままでいても進歩がないと自費で申し込みをした。

世の中の大きな動きを知り
自らの業務に創意工夫を凝らす

最初は大きな会場とその豪華な雰囲気に圧倒され、場違いなところに来てしまったと緊張したという。しかし実際に講義を受けてみると、その熱のある内容にみるみる引き込まれた。
「あれは藻谷浩介先生の講義でした。
『そこで寝ているあなたみたいな人が会社を潰すんですよ!』とおっしゃったんです。熱く語る姿にこちらも身が引き締まりました。先生のお話は経済の低迷を人口動態から読み解くもので小売業に特化した内容ではありませんでしたが、それこそ興味深くためになるものでした。
僕らの仕事は店の中にこもりきり。それを繰り返す毎日では、世の中の大きな動きが分からなくなってしまいます。ミーティングで出る話などは断片的で、上司からは結論だけしか教えてもらえないこともある。そういうときに広い知見を持っていれば、物事の背景が分かるので自分なりに納得して事に当たれますし、工夫を凝らすこともできる」

藻谷氏の講義ではもう1つ、「わたしが今喋っていることは、何も特別じゃなく当たり前のこと。すべて内閣府がホームページで発表していることですよ。自分で調べてみれば分かることだ」という台詞が印象深かったという。
同様に、別の講師の「お客がいない、なんて言ってはならない。商圏内には人がたくさんいるでしょう? あなたの店に来ていないだけ」という言葉にも胸を衝かれた。
「そう、何事も当たり前だしみんな分かっていることなんです。なのに自ら行動しない。自分は、目の前の問題から目をそむけるのは止めようと心に誓った

カルチャーショックを受けた初参加から1年。内心、毎年通う必要はないのではと思っていたが、参加してみるとたった1年でこんなにも世界は変化するのかと驚いたという。
「2回目のゼミでは『変革か死か』という言葉をよく聞きました。うちの会社でも『変化に対応』とはよく言っていたけど緊迫感が違った」

再びの参加後は、商品部から上がってくる企画書の意図を読み取り売場に反映させる努力をするなど、時代の荒波に何が求められるのかを常に考えて日々の業務に当たれるようになったという。また、商業界の基本理念「商売十訓」のクレドを常に携帯し、仕事中に見返しては自身の働きを省みるようになった。
プライベートの過ごし方も変わった。「インドア派だったのですが、今は少しでも休みが取れたら旅行に行くようになりました。自分が感動を分かっていなければ、お客様を感動させることはできない。ゼミに参加したことで体験したり感動したりすることの大切さを知りました
ややもすると真面目一辺倒・仕事一筋に見える近藤さんだが、本来持っていた好奇心とフットワークの軽さが蘇えってきたようだ。

商売十訓
近藤さんが胸ポケットから大事そうに取り出した、商売十訓のクレド。ところどころ擦り切れている様子から、常に携帯していることが伺える。仕事の合間にも折に触れて読み返しているという。

連続参加することで
迷いやぶれを振り切り、芯を通す

第86回商業界ゼミナールで、近藤さんは連続6回目の参加となった。ゼミから半年近くも経つと、迷いが生じたり芯がぶれたりもする。年に1回通うことでそれが是正され、「次回までに何か1つ成長していよう」という目標もできると連続参加の理由を語る。
「故・緒方知行先生の最後の講演で『激変の時代に立ち会えることを光栄に思いなさい』と聞きました。また、『世の中にいくら品物があったって、売場に並べなければお客は何も買えない。あなたたちがしているのは、とても大切な仕事なんだよ』とも。
ゼミに参加するまで、僕は売上げなどの数字や大きな成果ばかり見て、お客様を見ていなかった。今は日々変わっていくお客様の生活に応え、小さな毎日を守る仕事をしたい。売上げというのはそうやってつくっていくものなんだと思います

控え目な近藤さんだが、最後の言葉にはどこかずっしりとした重みと威厳さえ感じた。
記者が感動していると「普段こういうことを人に言うことはないですけどね。僕みたいな落ちこぼれがこんなこと言ったら、偉そうでとてもとても……」
それを聞いてつい、吹き出してしまう。これからも市井の人々の生活を守る隠れたヒーロー、みんなに愛される近藤さんでいてください!